お知らせ
研修のお礼:石村先生2026年7月12日
獨協医科大学 総合診療科より 研修にこられていた石村先生からお礼と感想をいただきました。
医師の仕事は簡単そうに見えて(?)様々な領域の深い知識が必要で、その時点ではわからない、という不確実性にも耐える必要があります。
そのような医師としての修行の入り口に勇気を出して踏み出してくれた石村先生を拍手で送りだしたいと思います。
よくがんばってくれました。
当院は、全国から医師が研修にこられます。
「子供の利益を第一に考えた医療」「医療の無駄を省く低コストでハイバリューな医療」「ほかの医師にみられても恥ずかしくない医療」を心がけています。
「だだ薬がもらえればいい」「自分の望む検査を望むようにやってほしい」という一部の患者さんにはフィットしないかもしれません。
ただ一筋に、「自らを助け、他人を救い上げる」医療を行っていきたいと思います。ご理解のほどよろしくお願いいたします。
以下引用です。
「玉津島 よく見ていませ あをによし 平城なる人の 待ち問はばいかに」
3ヶ月の小児科研修を終えた今、誤解を恐れずに申し上げれば、初期研修以来、最も厳しく、自らの至らなさを深く身につまされた期間でした。自分の知識不足、コミュニケーション不足、診察力不足、その全てを突きつけられ、実感し、自分の医師としての根幹が揺らぎました。それでも、「これから学び続けるのだ」という覚悟を決めた3ヶ月間でもありました。
しかし覚悟を決めたからといって、人はそう簡単には変わりません。1日勉強し、1週間勉強し、1ヶ月、3ヶ月、半年、1年…と、地道に積み重ねていくしかありません。そのため、就業後にはできるだけ和歌山市民図書館へ通い、中高生に混じりながら夜21時まで机に向かいました。それでも、児玉先生から投げかけられるのは、まだ勉強できていない範囲からの問いが多く、答えられないもどかしさ、学びの道の途方もない広さへの焦燥感に、時には「今日はやらなくていいだろう」という気持ちが顔を出すこともありました。やらない理由を挙げるなら幾つでも挙がります。でもやる理由は一つしかありません。心が定まったのなら、やるのみです。
また、私には、大学時代にお世話になった合氣道の師範がいます。その師範からいただいた「『仁』という文字は二人の人と書く。自らを助け、さらにもう一人を救い上げるというのは、並大抵の労力ではない」という言葉が、今深く胸に刺さっています。 要領の悪い自分が、そんな大層なことを簡単に成し遂げられるはずがありません。だからこそ、まずはできなかったことを一つずつできるように、これからも泥臭く勉強を続けてまいります。
最後となりますが、多大なるご配慮をいただいた児玉先生をはじめ、診察に温かくご協力いただいた患者様やご家族の皆様、そして優しく支えてくださったスタッフの皆様に、心より感謝申し上げます。
「玉津島 汲めども尽きず いかにして 包み持ち行かむ 仁の心を」



